長野地方裁判所 昭和51年(ワ)100号 判決 1981年2月26日
原告 福島久直
被告 長野県
主文
一、原告の請求をいずれも棄却する。
二、訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告が被告の設置する長野県農業試験場の職員たる地位を有することを確認する。
2 被告は原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する昭和五一年六月一八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決並びに第2項につき仮執行の宣言を求める。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨の判決並びに予備的に担保を条件とする仮執行の免脱の宣言を求める。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、昭和四一年五月一六日、被告の機関である長野県農業試験場(以下試験場という。)の農夫として採用され、以来試験場の農芸化学部所属の職員として勤務し、春から秋にかけての期間は、試験場の圃場管理並びに収穫作業に、また冬期間は収穫物の調査分析・実験等の補助作業に従事してきた。
2 原告は、地方公務員法(以下「地公法」と略称する。)一七条三項但書に規定する選考により採用された被告の正規の常勤職員である。
3(一) しかるに、被告は、原告を正規の職員とは異なるいわゆる臨時職員として取り扱い、地公法の任用に関する規定・給与、勤務時間その他の勤務条件に関する規定の趣旨及び同法一三条の規定に違反して正規の職員との間で極めて激しい差別的取扱を続けてきた。原告は、いわゆる臨時職員扱いの農夫として、業務の上では正規の職員である農夫と全く同一の仕事を、全く同じ勤務形態のもとで行いながら、身分上は地方公務員としての身分保障は一切なしとされて、極めて不安定な地位に置かれたうえ、労働条件の面では、通勤手当すら支給されず、正規の職員たる農夫とは比較にならない低賃金であるばかりか、年次有給休暇も与えられない等の劣悪な労働条件を強いられ、地公法上あり得べからざる差別待遇を受けてきた。
(二) 被告が原告に対する違法な差別取扱をなしていなかつたならば、原告は被告の職員として採用される以前に四〇年間の農業に従事した経験を有していたのであるから、長野県職員給与条例の規定によれば、原告の採用時の給料は行政職六等級一〇号俸に該当し、その後の原告の給料は、昭和四八年一〇月一日には同四等級一〇号俸(月額八万八、二〇〇円)、同四九年七月一日には同四等級一一号俸(月額一一万七、九〇〇円但し、同五〇年四月一日より月額一三万〇、五〇〇円となる。)に各該当していたはずのものである。ところが、原告が現実に支給されていた賃金額は、昭和四九年一〇月分以降同年一二月分まで月額三万二五五〇円、同五〇年一月分以降同年一一月分まで月額四万二〇〇〇円である。本俸に諸手当のうち期末勤勉手当、寒冷地手当分を付加して計算すると賃金面で原告が受けていた差別(未払賃金)は、昭和四八年一二月以降の分で三〇〇万円を超え、同四五年一二月以降の分では六〇〇万円を下らない。
(三) 被告の原告に対する差別取扱によつて原告の受けた精神的苦痛は、はかり知れないものがあるが(身分的保障を剥奪されていたため、後記3(一)記載のとおり被告により執拗に退職を強要されたことによる苦痛も含めて)、これを慰謝するためには二〇〇万円をもつて相当とする。
4(一) 被告は、昭和五〇年一一月一日付で試験場を長野市から須坂市に移転したが、試験場の移転を理由として、同年九月末頃、原告に対し同年一〇月末日限り解雇する旨通告し、同年一〇月中旬頃解雇期限を一一月末日まで延伸する旨通告した。原告は解雇通告の撤回を求めて交渉を続けたが、被告はこれに応ぜず、原告に対し執拗に退職を迫り、一一月末日長野市における試験場の残務整理完了とともに、原告を事実上解雇してしまつた。
(二) しかし、被告は、試験場を廃止したのではなく、原告の従事していた業務そのものがなくなつたのではないから、原告に対する右解雇通告は何ら根拠のないものであり、地公法二七条・二八条に違反する無効のものである。
(三) 仮に、被告が原告を期限付で任用したのであつたとしても、約一〇年間にわたり右期限付任用が更新されてきたことからすれば、被告の原告に対する任用は期限の定めのないものと同等に評価されるべきであるから、原告に対する右解雇は解雇権の濫用にあたり無効である。
5 仮に、原告の地位確認の請求が認められないとしても、被告は、原告に対し、長野県退職条例により退職金を支払う義務がある。右退職金の額は、昭和五〇年一二月一日当時における原告のあるべき給料月額が前記のとおり一三万〇五〇〇円であることから同条例の定める方法により計算すると一七六万一七五〇円となる。
6 よつて、原告は、被告に対し、主位的に、試験場の職員たる地位を有することの確認並びに未払賃金・損害賠償金の内三〇〇万円(第一次的に未払賃金、第二次的に損害賠償金に充当する。)及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五一年六月一八日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、予備的に、退職金一七六万一七五〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五一年六月一八日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1は認める。
2 同2は否認する。
3 同3(一)は争う。同(二)中、原告の現実に支給されていた賃金額が昭和四九年一〇月分以降同年一二月分まで月額三万二五五〇円、同五〇年一月分以降同年一一月分まで月額四万二〇〇〇円であつたことを認め、その余を争う。同(三)は争う。
4 同4(一)中、被告が昭和五〇年一一月一日付で試験場を長野市から須坂市に移転したこと、同年九月末頃原告に対し試験場の移転を理由に同年一〇月末日限り解雇する(日々雇用を打切る)旨通告したこと、同年一〇月中旬頃解雇期限(日々雇用打切りの期限)を一一月末日まで延伸する旨通告したこと、原告が解雇(日々雇用打切り)の撤回を求めて交渉したことを認め、その余を否認する。同(二)、(三)は争う。
5 同5は争う。
三 被告の主張
1 原告は、昭和四一年五月二日、試験場における日々雇用の純非常勤職員として採用され、同五〇年一一月二八日まで勤務してきたものである。
2 被告の一般職に属する職員をその採用・勤務態様から分類すると、常勤職員と非常勤職員に区分でき、後者は常時勤務することを要せずまた長野県職員定数条例の適用を受けない者をいう。被告の非常勤職員の採用その他の取扱いについては、一般職の非常勤の職員に関する規程(以下「取扱規定」と略称する。)が定められ、これによると、純非常勤職員は、勤務を要する日及び勤務時間の双方またはいずれか一方が常勤職員と異なるものをいうとされており、採用についてはその本来的性格に鑑み原則として各所属長の専決処理に委ねられ、勤務時間については一日を単位として任用される者(但し、任用は一か月二二日未満とする。)にあつては八時間以内とされ、給与については日額報酬に限定され各種手当等他の報酬は一切支給されず、その額は常勤職員との均衡を考慮して予算の範囲内で決定することとされ年々改定されることになつており、その他の身分的取扱として、休暇制度・退職手当制度の適用はなく、地方公務員共済組合員資格も有しないものとされている。
3 地公法には、常勤職員の外に一般職の非常勤職員を置く旨の明文の規定はないが、同法二二条一項、二五条三項等は非常勤職員の任用を前提としており、同法によつて非常勤職員を採用すること及びその採用の方法、給与その他の勤務条件、服務の具体的内容等は、各地方公共団体の人事委員会及び任命権者の定めるところに一任されているものと解される。
4 試験場長は、昭和四一年四月中旬頃原告から試験場への採用申込みを受けたが、当時たまたま農芸化学部には常勤の農林技師が二名しかおらず、農繁期には人手不足の状況にあつたため、正規の常勤農夫である右農林技師の作業の補助要員として採用することとなり、面接のうえ、日々雇用の純非常勤職員として採用したが、その際、原告を日々雇用の純非常勤職員として採用すること及び常勤職員との間で前記の身分的取扱の差異のあることを説明したところ、原告はこれを異議なく了承したのである。
5 原告は採用後仕事の呑み込みが早く一部研究員から好遇されたこと、原告の方から継続的雇用を要求したこと、高度経済成長時代のため農夫の職種に人手が集まりにくいので普段から人手の確保をしておかないと繁忙期に間に合わなくなること等の事情から、一か月の勤務日数二一日以内が事実上厳守されなくなり、昭和五〇年三月頃までは外見上ある程度通年的に雇用されていた。しかし、職員の採用は行政行為であり、純非常勤職員として採用したものが、採用後の常勤的勤務の継続化により突如として正規職員たる常勤職員の身分を取得することはありえないことである。
6 被告は、昭和五〇年一一月二八日付で原告に対し日々雇用を打切つたが、これは、試験場の須坂市移転に伴い圃場面積が縮小されること、純非常勤職員に対しては通勤費を支給しないことから現地採用を適当としたこと、原告の高年齢化による作業能率の低下等を理由とするものであり、日々雇用打切り通告をするについては、長野県職員労働組合を介して協議を尽くし、同組合との間では報償金の支給と再就職あつせんに努力することを条件に日々雇用打切りを承認する旨の合意が成立し、原告に対しては再就職あつせんを現実に行なう等誠意を尽くしており、被告が損害賠償義務を負う理由は全くない。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1は否認する。
2 同2は争う。取扱規定による一般職の純非常勤職員は、常時勤務を要せず、かつ恒久的でない職について、あるいは一般職の非常勤職員として採用せざるをえない特段の事情がある場合においてのみ、その採用が予定されていると考えねばならない。
3 同3は争う。恒久的・恒常的業務につき、職員を期限付で採用し、給与その他の待遇面で正規の職員と差別して取り扱うことは地公法上許されない違法な措置である。
4 同4は否認する。
5 同5中、原告が通年的に雇用されていたことは認め、その余は争う。
6 同6中、昭和五〇年一一月二八日付で解雇通知のあつたことを認め、その余を争う。
第三証拠関係<省略>
理由
一 原告が昭和四一年五月一六日被告の機関である試験場の農夫として採用されたこと、原告がそれ以来試験場の農芸化学部所属の職員として勤務し、春から秋にかけての期間は同試験場の圃場管理並びに収穫作業に、冬期間は収穫物の調査分析・実験等の補助作業に従事してきたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 原告は、「原告は、地公法一七条三項但書に規定する選考により採用された、被告の正規の常勤職員である。」と主張し、これに対し、被告は、「原告は、試験場における日々雇用の純非常勤職員として採用されたものである。」といつて争うので、まず、この点について判断する。
成立に争いのない甲第三ないし第五号証、第七、第八号証、第一一ないし第一三号証、乙第三号証、第六ないし第八号証、第一二号証、証人岡村勝政、同下山守人、同中村秀夫、同豊川泰、同真島芳定の各証言、原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)を総合すると、次のとおり認めることができる。
試験場は、農業生産の増大による地域農民の福祉の増大に寄与することを目的として設置され、農作物の品種改良・栽培技術の試験研究を実施していたが、各職務分担を異にする六部により組織され、その内農芸化学部は作物の生産向上を図るための土壌及び肥料改良の試験研究をその職務分担としていた。農芸化学部には、昭和四一年当時、部長一名、研究員一〇名、農林技師二名のいずれも長野県職員定数条例(昭和二四年長野県条例第三七号)の適用を受ける常勤職員(以下正規職員という。)が配置されていたが、同部にある試験研究用の約五四アールの農場を管理・運用するについては、作物栽培の性質上作業量が季節的に増減することから、右農場における単純な肉体的労務を内容とする農作業に従事する者としては、正規職員である農林技師二名のみでは右作業量の増減に対応できないので、これを補助するために日々雇用される非常勤職員を採用し稼働させていた。また、同部では実験室における試験研究の単純な補助作業についても、冬期間に作業量が集中するという季節的な作業量の増減があつたので、同様に日々雇用される非常勤職員を採用して稼働させていた。したがつて、農芸化学部では、日々雇用される非常勤職員は、一応は農場担当と実験室担当に区分されていて、前者は筋肉労働を主たる内容とする労務であつたので男子が、後者は室内での細かい仕事であることから女子がそれぞれ採用されることが多かつたが、実際には、春・秋の季節に農場の作業量が増大する時期には実験室担当の非常勤職員が、冬期間における実験室の作業量が増大する時には農場担当の非常勤職員が相互に手伝うようになり、かくして日々雇用の更新が年間を通じて継続されることになり、非常勤職員として採用された者の内にも勤務の実態が事実上常勤化された者もいるようになつていた。なお、試験場における日々雇用される非常勤職員の任用は、被告の「一般職の非常勤の職員に関する規程(昭和三三年四月二八日人第五八号)」により試験場長の権限とされていたが、事実上は現場の要請を考慮して各部長が採用を内定し、試験場長がこれを承認するという運用がなされていた。原告は、昭和四一年三月長野市大字若里の長男宅に同居するようになり、同所の近傍に試験場が所在していたところ、同年四月頃、新聞で「行政に対する不満があれば申し出るよう。」記した被告の広告を見て、試験場の農夫として稼働したいと考え、試験場長宛に葉書で原告を農夫として採用してもらいたい旨申し出た。その後、同年五月初旬頃、原告は試験場に呼び出され、庶務部長から農芸化学部に案内された。同部においては部長と研究員数名が原告の経歴を聞く程度の簡単な面接をした後、農作業を担当する農夫たる日々雇用の非常勤職員として採用することを内定した。右面接の際に、試験場側からは、原告の従事する職務の概要を話したうえ、原告を採用するについて身分は正規職員とは異なる臨時の職員であつて、給料は非常に安く、年末手当等の手当の支給は一切ない等の正規職員とは異なる身分上の取扱がなされることを説明したが、原告はこれを異議なく了承した。右採用当時、原告の年齢は五四歳で、被告の正規職員に対する当時のいわゆる退職勧奨年齢は五四ないし五五歳であつたことから、原告が正規職員として採用される余地は殆どないものであつた。原告は、右採用当初から、試験場において臨時職員と呼ばれていたことや、毎月一回交付される賃金支給明細書には日給額と出勤日数が記載され出勤日数に応じて現金支給額が計算されていたこと、更に同僚との会話により原告が正規職員とは雇用形態に差異があり、異なつた身分的取扱を受けていたことは理解していた。また、原告に対し、昭和四三年一〇月三一日付で「農芸化学部勤務を命ずる。日額五九〇円を給する。任用期間は昭和四四年三月三一日限りとする。」、同四五年四月一日付で「非常勤職員を命ずる。報酬日額八五〇円を給する。任用条件、任用予定期限昭和四五年四月一日より同年六月三〇日まで、勤務を要する日一か月二一日、勤務時間午前八時三〇分より午後五時一五分まで。本日上記のとおり発令になりました。」、同四九年九月一七日付で「純非常勤職員を命ずる。報酬日額一、五五〇円を給する。任用条件、任用予定期限昭和四九年一〇月一日から同五〇年三月三一日まで、勤務を要する日一か月二一日場長の指定する日、勤務時間、一、月曜日から金曜日まで午前八時三〇分から午後五時一五分まで、二、土曜日午前八時三〇分から午後零時まで。本日上記のとおり発令になりました。」旨の人事通知書が試験場長名で各交付されて、原告の雇用関係を一層明確にして取扱われるに至つたが、これに対し原告が異議を唱えたことはなかつた。原告の従事する仕事の内容は、本来農場における農作業を主とするもので恒常的な勤務を要する職種ではなかつたが、原告の採用された昭和四一年頃以降公害問題の多発等により農芸化学部の職務の量全体が増大する傾向にあり、また作業量の増大する時期のため、予め非常勤職員を確保しておかなければ時期に応じて人手を集めることが容易でない社会情勢にあつたこと等の事情から、原告は冬期間においても実験室の試験研究の補助作業に従事する者として通年的に雇用が継続され、原告の勤務の態様及びその従事する仕事の内容は正規職員である農林技師のそれとほぼ同様のものであつた。もつとも、右仕事は、農場関係にせよ、実験室関係にせよ、全て正規職員である研究員の試験研究業務を補助するための単純な性質の労務であつたのみならず、いずれも上司である研究員の具体的指示に基づいてなされていたもので、その遂行に格別の専門の知識及び経験を要するものではなく、一般の人が比較的容易にその職務に適応できるという意味で代替性の強い性質のものであつた。そして、原告に対しては、勤務日数に応じた日額報酬が支払われたほかは、諸手当は一切支給されず(但し、毎年一二月には一週間ないし一〇日分の報酬にあたる手当が恩恵的に支給された。)、有給休暇も与えられず、共済組合員資格も与えられなかったので、原告は、失業保険、健康保険、厚生年金保険に加入していた。
以上の認定に反する原告本人の供述部分は、前掲各証拠と対比してたやすく措信できず、他にはこれを左右するに足りる証拠はない。右認定事実によれば、原告は、任期を一日と定められ、日々雇用される非常勤職員に任用されたものであり、その後も、あらたな任用が繰り返えされ或は日々雇用が黙示的ないし明示的(任用予定期限の付されている場合)に更新されてきたものであつて、被告の正規の常勤職員に任用されたものではないといわざるをえない。
三 原告は、恒久的・恒常的業務につき職員を期限付で採用することは、地公法上許されない違法な措置であると主張する。地公法の下において職員の期限付任用が許されるかどうかについては、法律に別段の規定はないが、地公法一条に規定する同法の目的に鑑みると、恒常的に置く必要がある官職にあてるべき常勤の職員については、職員の身分を保障し、職員をして安んじて自己の職務に専念させ、もつて公務の能率的運営に資するため、期限の定めなしに任用するのが法の建前であり、したがつて職員の任期を定めた任用は、それを必要とする特段の事由が存し、且つそれが右の趣旨に反しない場合に限り許されるものと解するのが相当である。そこで、原告の任用に付せられた期限の定めにつき、それが地公法上許されるものであつたか否かにつき検討する。前示認定事実によれば、原告の従事する職務の内容は、正規職員である常勤の農林技師のそれとほぼ同じ内容のものであつたけれども、その性質は肉体的労務あるいは試験研究の単純な補助作業であつて、いずれも上司である研究員の具体的指示に基づいてなされるもので、その遂行に格別の専門の知識及び経験を要するものでなく、一般の人が容易にその職務に適応できるという意味で代替性の強い性質のものであつたから、その職務と責任の特殊性からいつて、任期を一日として任用しても地公法のとる前記のような建前に反するものではないと考えられるし、原告がその採用当時被告のいわゆる退職勧奨年齢に達していたことからすると、原告を正規職員として任用することは現実には極めて困難な状況にあつたといえるのであるから、原告の同意を得たうえ任期を一日と定めて任用することについては、それを必要とする特段の事由が存したものと解するのが相当である。そうとすると、原告の任用に付せられた任期の定めは、地公法上許されるものであり有効なものといわなければならない。原告の頭書の主張は理由がない。
四 原告は、被告が原告を正規職員として取り扱わず、いわゆる臨時職員として労働条件において正規職員との間で差別的取扱をしたのは、地公法上違法である旨主張する。
原告が任期を一日とする日々雇用される非常勤職員として採用されたものであること、原告に対しては、給料として日額報酬が支給されただけで諸手当は支給されず、有給休暇も与えられなかつたことは、前示二に認定したとおりである。
ところで、地公法は、職員の給与がその職務と責任に応ずるものでなければならないこと(二四条一項)、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件を条例で定めること(二四条六項)、職員の給与は右給与に関する条例に基づいてのみ支給されなければならないこと(二五条一項)、右給与に関する条例には非常勤職員の職について行う給与の調整に関する事項を定めること(二五条三項五号)を明定していることに徴すると、非常勤職員についてその職務と責任の特殊性に基づいて常勤職員との間で給与その他の勤務条件について異なつた取扱のなされることを条例で定めることは、同法上許されるものと解するのが相当である。そして、一般職の職員の給与に関する条例(昭和二七年三月二九日長野県条例第六号)は、非常勤職員については同条例で給与とは報酬をいうとし(三条、なお常勤職員については給料その他の諸手当をいうとする。)、非常勤職員については常勤職員との権衡を考慮して予算の範囲内で報酬を支給する(四六条)旨を規定する。また、職員の勤務時間及び休暇等に関する規則(昭和二七年五月二九日長野県人事委員会規則四号)八条の二は、職員の勤務時間及び休暇等に関する条例(昭和二七年三月二九日長野県条例九号)八条の規定により非常勤職員に与えられる休暇については別に人事委員会が定めるところによると定め、一般職の非常勤の職員に関する規程(昭和三三年四月二八日人第五八号)では、非常勤職員の有給特別休暇について規定するのみである。そうすると、原告が日々雇用の非常勤職員として採用されたものである以上、原告に対し前記のとおり正規職員とは異なる取扱をしたことは、地公法、長野県条例に違反するものではないというべきである。
してみれば、原告に対し正規職員と異なる取扱をしたことが違法であることを前提として、被告に対し、未払賃金及び損害賠償金の支払を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわなければならない。
五 被告が昭和五〇年一一月一日付で試験場を長野市から須坂市に移転したこと、同年九月末頃原告に対し試験場の移転を理由に同年一〇月末日限り日々雇用を打切る旨通告したこと、同年一〇月中旬頃、日々雇用打切りの期限を一一月末日まで延伸する旨を通告したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
原告は、約一〇年間にわたる期限付任用の更新により、被告の原告に対する任用は、期限の定めのないものと同時に評価されるべきであるから、原告に対する日々雇用打切りの通告(解雇)は、解雇権の濫用にあたり無効である旨主張する。しかしながら、期限付任用と「任期の定めのない任用」とは性質を異にする別箇の任用行為であり、特に後者は厳格な要式行為であるから、任命権者による任期の定めのない職員への任命行為がない以上、期限付任用がいかに長期間更新されたとしても、期限付任用としての性質を変じ、任期の定めのない任用に転換するものではない。原告の主張は採用できない。
すると、原告は日々雇用の任用につき昭和五〇年一一月三〇日の経過をもつて、同日の任期満了により当然退職して試験場の職員である地位を失つたといわなければならない。従つて、被告に対し、試験場の職員たる地位を有することの確認を求める原告の請求は、理由がないものといわなければならない。
六 原告は、被告が原告に対し、原告の解雇通告の撤回を求める交渉に応じないで執拗に退職を迫り、昭和五〇年一一月末日に事実上解雇したことは違法であると主張する。しかしながら、原告が昭和五〇年一一月末日の経過により期限満了により当然退職したことは前示認定のとおりであり、元来日々雇用者の任用を更新するか否かは雇用主たる被告の自由裁量に属するものである。したがつて、原告に対する日々雇用の任用を更新しなかつたからといつてそのことが直ちに違法であるとはいえないし、その他本件において原告が期間満了により退職したことに関して被告が原告に対し違法行為を加えたとの事実を認めるに足りる証拠はない。してみると、被告に対し、原告の退職について損害賠償金の支払を求める原告の請求は理由がないものといわなければならない。
七 原告は、原告が被告の職員たる地位を失つた場合には、被告は原告に対し退職金を支払う義務があると主張する。
しかしながら、長野県職員退職手当条例(昭和二八年一二月一七日条例六七号)の規定による退職手当は、常勤職員が退職又は死亡した場合に支給される(二条一項)ものであるところ、原告が被告の常勤職員として任用されたものでないことは、前示認定のとおりである。したがつて、被告に対し退職金の支払を求める原告の請求は、理由がないものといわなければならない。
八 よつて、原告の請求は、いずれも失当であるから、これを棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 安田実 松本哲弘 三木勇次)